Jun Hashimoto
第50話 環境に合わせ、環境を良くする
ファッション業界にいると、 さまざまなイベントに呼ばれることがある。 展示会。 レセプション。 ブランドのローンチ。 何かの記念パーティー。 中でも、高級ホテルのホールで行われるような催しには、 独特の空気がある。 ある時、 いつもお世話になっている編集部から 一通のインビテーションが届いた。 会場は一流ホテル。 内容は記念パーティー。 ただ、日時は平日の夕方だった。 インビテーションには、 来場者への気遣いからだろう。 「平服でお越しください」 そう書かれていた。 仕事帰りでも参加できるように。 堅苦しく考えなくてもいいように。 その配慮はよく分かる。 ただ、僕は少し違うことを考えた。 一流の編集部が、 一流のホテルでパーティーを開く。 それなら、 そこにはそれに相応しい格好で行くべきではないか。 僕は仲間と一緒に、 タキシードをきっちり着込んで会場へ向かった。 当然、平日の夕方だ。 会場にいる人の多くは、 スーツやジャケットスタイルだった。 仕事帰りと思われる服装がほとんどで、 本格的なパーティースタイルの人はほぼいない。 その中で、僕たちは少し浮いていたと思う。 けれど、僕自身は 間違ったとは思わなかった。 なぜなら、パーティーに参加する人は その宴の一部になるからだ。 会場、音楽、料理、装花。 それだけでパーティーが完成するわけではない。 そこに集まる人の表情や会話、 そして装いも含めて、 その場の空気がつくられる。 参加者は、単なる客ではない。 その宴の華でもある。 だから、環境に合わせるということは、 目立たないように馴染むことだけではないと思っている。 その場を理解し、 その場に敬意を払い、 自分の存在によって少し良い空気を加えること。 そこまで含めて、 装いの役割なのではないか。 もちろん、どんな場所でも 目立てばいいという話ではない。 葬儀で華やかにする必要はないし、 仕事の場で過剰に装う必要もない。 大切なのは、 その状況が何を求めているのかを考えることだ。 静けさが必要なのか。 信頼感が必要なのか。 親しみやすさが必要なのか。 あるいは、 少しの華やかさが必要なのか。 服装は、その答えを 言葉より早く伝える。 環境に合わせるとは、 周囲と同じ格好をすることではない。 その場の目的を理解し、 自分がどんな役割を果たすべきかを考えることだ。 パーティーであれば、 その場を楽しみ、 祝う気持ちを装いで表現する。 仕事であれば、 安心感や信頼感を与える。 食事の場であれば、 相手や店への敬意を示す。 服は、自分のためだけに着るものではない。 その場にいる人へ向けた 一つのメッセージでもある。 そして、良い装いは その人を良く見せるだけではなく、 周囲の人の気分まで少し良くする。 きちんと装った人が一人いるだけで、 その場に緊張感が生まれる。 華やかな人がいれば、 空気が明るくなる。 清潔で知的な人がいれば、 安心感が生まれる。 服装には、 環境から影響を受けるだけではなく、 環境へ影響を与える力がある。 あの日、僕たちは 会場の中で少し浮いていた。 けれど、その浮き方は 場を壊すものではなかったと思っている。 むしろ、 「今日はパーティーなのだ」という空気を 少しだけ強くすることができた。 インビテーションには 平服でと書かれていた。 でも、平服で来ていいということと、 平凡である必要があるということは違う。 その場に合わせる。 そして、可能なら その場を少し良くする。 ファッションとは、 自分を飾るためだけのものではない。 自分がいる環境に敬意を払い、 その環境へ何を加えられるかを考えるためのものでもある。 今、自分がいる場所に 相応しい格好をしているだろうか。 そして、その装いによって その場所を少し良くできているだろうか。