Jun Hashimoto
49話 選択肢が、人生を豊かにする
人生には、何度か大きな選択がある。 どこで働くのか。 誰と生きるのか。 何を続け、何をやめるのか。 その瞬間は突然やってくる。 十分に準備ができているとは限らない。 条件が揃っているとも限らない。 それでも、決めなければならない。 僕にも、人生を大きく変えた選択がある。 25歳の頃、僕は大阪にあったL’Eclaireurで働いていた。 当時パリで人気を集めていたセレクトショップの日本店だ。 働き始めて3年ほどが経ち、 バイヤー兼販売スタッフとして商品を選び、 店長に近い役割も任されていた。 店の売上は伸び始めていた。 自分が買い付けた商品も、着実に売れていた。 ある程度の立場があり、 自分の仕事が結果につながっている感覚もあった。 居心地は悪くなかった。 むしろ、かなり良い状況だったと思う。 そんなタイミングで、 突然一つの話が降ってきた。 「イタリアに行って、CARPE DIEMで働かないか」 給料はいくらなのか。 何をするのか。 どこに住むのか。 どれくらいの期間になるのか。 何一つ決まっていなかった。 決まっていたのは、 イタリアへ行く可能性があるということだけだった。 一方、今の会社の親会社は大手企業だった。 安定している。 給料は毎年一万円ほどしか上がらなかったが、 大きな危険もなく、そのまま働き続けることはできた。 緩やかに続いていく道と、 何の保証もない茨の道。 二つの選択肢を前にした。 僕は、ほとんど迷わず後者を選んだ。 もちろん、成功する確信があったわけではない。 イタリアで通用する自信があったわけでもない。 むしろ、失敗する可能性の方が 高かったのかもしれない。 それでも、僕の中では答えが決まっていた。 それは三年後の自分を想像したのです。 一つは、そのまま大阪で働き、 給料が三万円ほど上がっている自分。 仕事も生活も大きく変わらず、 それなりに安定している。 もう一つは、イタリアでの生活に耐えられず、 途中で諦めて日本へ戻っている自分。 仕事もなく、 どこかでアルバイトをしているかもしれない。 結果だけを比べれば、 前者の方が良く見える。 けれど、僕にとって納得できるのは後者だった。 たとえ失敗して帰ってきたとしても、 イタリアで生活し、 世界を見ることができる。 その経験を持っている自分の方が、 何も挑戦しなかった自分よりも 納得度が高いと思った。 人生の選択では、 成功するかどうかだけが基準ではない。 どちらを選んだ自分なら、 結果を受け入れられるのか。 そこも大切だと思う。 安全な道を選んだとしても、 それが間違いというわけではない。 安定を守ることが必要な時もある。 家族や生活を考えれば、 危険を避けるべき場面もある。 ただ、自分が本当は何を望んでいるのかを隠して、 安心だけを理由に選んでしまうと、 後になって別の感情が残る。 あの時、行っていたら。 あの時、断らなかったら。 あの時、自分を信じていたら。 人は失敗したこと以上に、 選ばなかった可能性を長く考えることがある。 だから人生を豊かにするためには、 正しい答えを当てることよりも、 自分が納得できる選択をすることが重要なのだと思う。 そして、良い選択をするためには 選択肢を持たなければならない。 選択肢が一つしかなければ、 それは選択とは呼べない。 多くのものを見て、 多くの人に会い、 知らない場所へ行く。 新しい服に袖を通し、 今まで避けていたものを試してみる。 そうした経験が、 自分の中に選択肢を増やしていく。 選択肢が増えれば、迷いも増える。 けれど同時に、 自分が本当に望んでいるものも見えやすくなる。 服を選ぶことも同じだ。 黒しか着ないと決めていれば、 黒の中からしか選べない。 自分にはこの形しか似合わないと思えば、 新しい自分に出会う機会もなくなる。 選択肢を増やすことは、 何でも受け入れることではない。 一度見て、触れて、袖を通した上で、 自分に必要なものを選ぶことだ。 重要なのは、選択肢の数だけではない。 その中から決める判断力を持つこと。 誰かが良いと言ったからではなく、 流行っているからでもなく、 失敗しなさそうだからでもない。 自分が何を大切にしたいのか。 どの結果なら受け入れられるのか。 その基準を自分の中に持つ。 最終的に決めるのは、いつも自分だ。 選んだ先が正解になるかどうかは、 その瞬間には分からない。 ただ、自分で選んだ道なら、 失敗してもそこから何かを持ち帰ることができる。 僕にとってイタリアへ行くという選択は、 単なる転職ではなかった。 世界を見ること。 自分の限界を知ること。 今までの基準が通用しない場所に 自分を置くこと。 そのすべてが、その後の僕をつくった。 人生を変えるのは、 大きな幸運だけではない。 目の前に現れた選択肢を見逃さず、 自分で決めることだと思う。 選択肢を増やす。 そして、選ぶ力を持つ。 それができれば、 人生はもっと自由になり、 もっと豊かになる。 今の自分には、 本当に選択肢があるだろうか。 それとも、 選ばなくて済む理由を探しているだけだろうか。