Jun Hashimoto
45話 流行と、自分の形
流行は、確かにある。 色。 シルエット。 素材。 着こなし。 ある時代には細いパンツが街を埋め、 別の時代にはワイドなシルエットが自然になる。 それは偶然ではない。 多くの人が同じ感覚を共有し、 その共有感が少しずつ大きな流れをつくっていく。 前に書いた、ロゴによって生まれる共有感と同じように、 流行もまた、人と人との感覚が重なって生まれるものだと思う。 だから、流行そのものを否定する必要はない。 むしろ、流行には その時代の空気が表れている。 人が何を求めているのか。 何に疲れているのか。 どんな気分で生きているのか。 服の流れを見ると、 その時代の価値観まで見えてくる。 ただ、自分が好きなものだけを着ればいい、 という考え方も少し違うと思っている。 いくら自分がこれが好きだと言っても、 世の中の風景にまったく合っていなければ、 それは独りよがりになることもある。 服は、自分だけのために存在するものではない。 仕事。 食事。 式典。 日常。 そこには必ず、場所と相手がいる。 いわゆるTPOという考え方も含めて、 ある程度、その時代や社会の流れを汲むことは必要だ。 自分らしさとは、 周囲を無視することではない。 周囲を理解した上で、 自分の感覚をどう残すか。 そこに、その人のスタイルが現れる。 問題なのは、 流行を知ることではなく、 流行に自分を預けすぎてしまうことだ。 流行っているから着る。 みんなが選んでいるから選ぶ。 その繰り返しでは、 どれだけ服を買っても 自分の形はつくられない。 必要なのは、 自分の中に一つの軸を持つことだと思う。 細身が好きなのか。 ゆとりが好きなのか。 色を抑えたいのか。 素材で表情を出したいのか。 その軸を持ちながら、 今の時代の空気を少し取り入れていく。 全身を流行に変える必要はない。 丈を少し変える。 靴を変える。 素材を変える。 着こなしのバランスを変える。 そのくらいでも、 自分のスタイルは十分に今へ更新できる。 昔から好きなものと、 今の空気を自然に重ねる。 それがうまくできたとき、 服はただの流行ではなく、 その人自身の形になる。 そして、その積み重ねが オリジナリティになる。 オリジナリティとは、 誰も見たことのない奇抜さではない。 自分の軸と、時代の空気を どう組み合わせるか。 その選び方にこそ、 個性が表れるのだと思う。 流行は移り変わる。 今、新しいと思われているものも、 数年後には古く見えるかもしれない。 しかし、そんな変化の中でも 変わらないものがある。 清潔感。 そして、知的に見えること。 この二つは、 どんな時代でも人に良い印象を与える。 清潔感とは、 単に服がきれいということではない。 サイズが合っていること。 靴が手入れされていること。 生地が疲れて見えないこと。 全体に違和感がないこと。 相手に不快感を与えないという、 一つの配慮でもある。 知的に見えることも、 難しい服を着ることではない。 色数を抑える。 素材を選ぶ。 余計な装飾を減らす。 自分に合ったバランスを知る。 そうした小さな判断の積み重ねが、 その人の落ち着きや品につながっていく。 清潔感と知性があれば、 多少遊びのある服を着ても、 派手な色を使っても、 周囲に悪い印象を与えにくい。 むしろ、その人らしい魅力として伝わる。 まずは、 清潔感と知性を身につける。 その土台があれば、 流行を取り入れても流されない。 自分のスタイルを保ちながら、 時代に合わせて変化していくことができる。 流行に逆らう必要はない。 すべてを受け入れる必要もない。 今の空気を感じながら、 自分に必要なものだけを選ぶ。 その選択を続けた先に、 その人にしか出せない形が生まれる。 今着ている服は、 流行に選ばれたものだろうか。 それとも、自分が流行を選んだものだろうか。