Jun Hashimoto
# 第十一話 「何か格好良い」の正体
街を歩いていると、たまに目を引く人がいます。
派手な服を着ている訳でもない。
高級ブランドのロゴが入っている訳でもない。
流行の服を着ている訳でもない。
でも何か格好良い。
ファッションの仕事をしていると、その「何か」を考える癖があります。
シルエットなのか、サイズ感なのか、色使いなのか。
もちろん全部関係しています。
でも20年以上服を作ってきて思うのは、それだけでは説明できないと言う事です。
例えば、同じ服を10人が着ても全員が格好良く見える訳ではありません。
逆に、凄くシンプルな服なのに、その人が着ると凄く格好良く見える人もいる。
この違いは何なんだろう。
僕はずっと考えてきました。
そして一つ思う事があります。
服が目立っている人より、人が目立っている人の方が格好良い。
服を見てしまうのか。
人を見てしまうのか。
この違いは凄く大きい。
服が勝ち過ぎると、人が負ける。
逆に服が人に自然と馴染むと、その人自身が格好良く見えてきます。
僕が好きなのは後者です。
だから服を作る時も、「格好良い服を作ろう」と考える事はあまりありません。
この服を着た人が、どうしたら自然に格好良く見えるか。
そこばかり考えています、だからデザインも引き算になる。
素材も主張し過ぎない物を選ぶ、色も出来るだけシンプルにする。
全部、人を主役にする為です。
服は主役じゃない。
主役は着る人です。
でも不思議な事に、人を主役にしようと思って作った服ほど、長く愛される事が多い気がしています。
「その服格好良いね」
もちろん嬉しい言葉です。
でも僕は、それ以上に嬉しい言葉があります。
「あの人、何か格好良いね。」
そう思ってもらえた時、その服はちゃんと役目を果たしたんだと思っています。
僕が作りたいのは、人より目立つ服ではありません。
着る人を、自然と格好良く見せてくれる服です。
それが僕の考える「何か格好良い」の正体なのかもしれません。